飛騨荘川の里

二百数十年以上の歴史が響きわたる、寄棟式入母屋合掌造り。
今なお生きている昔人達の生活の知恵と工夫。
今に伝える歴史と、ふるさとのぬくもり・・・・・
国道158号沿い、岐阜県北西部飛騨高原の一部に、古くから荘川に伝わる民家を移築保存した「荘川の里」があります。あたりは霊峰白山国立公園の別山を主峰に、丸山・芦倉山・天狗山などに囲まれ、清く澄んだ庄川の流れに合掌屋根が影を映しています。荘川の里は、二百数十年以上の歴史に耐えてきた、寄棟式入母屋合掌造りの民家を移築保存し、当時の生活様式を今に伝えています。
当時の生活を知る貴重な資料です。
ゆったりとした時間の流れを体験してみませんか。
是非、一度おいで下さい。
【開館時間】
● 4月中旬~11月下旬(12月~3月は休館)
● 開館時間 午前10時~午後4時
● 定休日 毎週水曜日
【入館料】
● 大人 400円
● 子供 200円(小学生、中学生)
● 25名以上は団体割引(2割引き)
【アクセス】
東海北陸自動車道の荘川インターをおりて、国道158号の信号交差点で左折。国道158号を白川郷方面へ2km程進んだ左側
【お問い合わせ先】
「荘川の里」管理事務所
住所 岐阜県高山市荘川町新渕
TEL 05769-2-2681 URL:http://www.hida-ouka.jp
★ 各 棟 の ご 案 内 ★

① 旧宝蔵寺庫裏(ほうぞうじくり) 高山市文化財(昭和46年10月8日指定)
白川郷新渕村(現在の荘川町新渕)の宝蔵寺の庫裏として建てられた、式台玄関付の上流民家の代表的な建築物であります。建築様式は、寄棟式入母屋(よせむねつきいりもや)合掌造りの茅葺(かやぶき)屋根で、天文、文化の両度火災に合い消失し、文化6年(1809年)再建され、昭和52年(1977年)現在地に移築したものであります。屋根は雪を落とすために60度近い急勾配で、妻側の両端に破風と称する窓を設け、採光と通風のため障子が立ててあり、屋根の部分には、クサビの他は全部「ねそ」と称する粘力のある木を捻ったものと、縄でしめくくって造られており、当時の生活を知る貴重な資料であります。

② 旧三島家住宅 岐阜県重要文化財(昭和47年12月13日指定)
白川郷一色村(現在の荘川町一色)の豪農の住宅として、宝暦13年(1763年)に建てられたもので、当初は寄棟式入母屋合掌造りの茅葺屋根であったが、明治11年(1878年)くれ板葺き切妻屋根に改造され、その後瓦葺屋根となり、昭和60年(1985年)現在地に移築したものであります。この住宅の特徴として、岐阜県下で最も早い時期に四間取り形式が取り入れられており、飛騨地方における民家の基本形になっています。また、江戸時代の明和、安永、天明にかけて飛騨一円に起きた、大規模な百姓一揆「大原騒動」において、町人でありながら百姓に味方した罪により、新島(現在の東京都新島村)に島流しになった「義民(ぎみん) 上木甚兵衛自賢(うわぎじんべえよりかた)」の生家であり、父の看病に新島に渡った「孝子(こうし) 三島勘左衛門正英(みしまかんざえもんまさひで)」の家であります。

③ 旧山下家住宅 高山市文化財(昭和49年12月13日指定)
明治初年に白川郷新渕村(現在の荘川町新渕)の名主の家として建てられたもので、建築様式は、切妻2階建て、式台玄関付の上流民家の代表的建築物で、昭和49年(1974年)現在地に移築したものであります。

④ からうす小屋
この地方特有の水力利用による、穀物調整機で昭和30年頃まで使用されていたもので、明治42年2月29日に建築し使用していたものを、ここに移築再建したものであります。

⑤ 旧木下家住宅 高山市文化財(昭和46年10月8日指定)
白川郷町屋村(現在の荘川町町屋)の荘川式農家住宅として、江戸末期に建てられた代表的なものであります。建築様式は、寄棟式入母屋合掌造りの茅葺屋根の最も古い形式であります。一階は休息所として間取りを改造し、昭和47年(1972年)現在地に移築したものであります。

⑥ 旧渡辺家住宅 高山市文化財(昭和49年12月13日指定)
白川郷野々俣村(現在の荘川町野々俣)の農家住宅、江戸末期の建築物と推定されます。建築様式は、寄棟入母屋合掌造りの茅葺屋根の旧木下家と同じ構造になっていますが、軒下化粧廻りなど多少異なります。昭和47年(1972年)現在地に移築したものであります。荘川村内で古くから日常生活に使われてきた諸具を集め、先人の知恵に改めて接し、当時の生活を偲びたいと展示してあります。
